新人がなかなか育たない、すぐに辞めてしまう──このような悩みを抱える企業は少なくありません。育成に関する課題は、個人のやる気や能力だけに起因するものではなく、社内の制度や風土、育成の関わり方の在り方にも深く関係しています。
近年の新卒世代は、多様な価値観や働き方を受け入れてきた背景があり、従来のやり方ではフィットしにくいケースも増えています。企業がその事実に向き合わず、最初の関わり方を誤ると、早期離職やミスマッチといった問題が生まれてしまいます。
とくに人事や現場の責任者が、育成に対する共通理解を持たないまま運用していることが、定着率の低い職場を生み出す原因のひとつだと言われています。本記事では、新人育成における根本的な問題点を整理しながら、「育てる力」の意味を見直し、育成担当者・チーム・経営がどう連携し、組織としての育成能力を高めていくべきかを考えます。
「なぜ育たないのか?」という疑問に対する視点を提示し、実務で活かせるヒントをお届けします。
なぜ新人が育たないのか?──原因を正しく知る
かつては「数を採って現場で揉まれて育つ」ことが当たり前だった新人育成。しかし今、新人が思ったように育たないことに悩む企業が急増しています。かつてはOJTを通じて自然と成長するのが当たり前という空気もありましたが、今はそう単純な時代ではありません。その背景には、社会構造・労働市場・若者の価値観、そして企業文化の変化など、さまざまな要因が複雑に絡んでいます。
ここでは、「新人が育たない」とされる根本的な理由を4つの視点から整理します。これらはどれも、誰か一人の努力やスキル不足の話ではありません。育成がうまくいかない「わけ」を正しく知り、的確な対策を講じることが、これからの人材育成のスタート地点と言えるでしょう。
教育体制の欠如とOJT頼みの限界
今も多くの企業では、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が新人教育の主軸として活用されています。現場での実践を通して学ぶというこの手法は、スピード感やリアルさという点で大きなメリットがあります。しかしながら、時代とともに職場環境や新人の育ち方が変化した今、従来通りのOJTだけに頼るやり方では限界が見え始めています。
その背景には、育成の方法が体系化されておらず、教える内容や目的が属人化しているという問題があります。教える先輩や上司の経験や成功体験がそのまま指導スタイルになることが多く、新人の理解度や価値観との間にギャップが生じやすいのです。
また、近年の新人は、情報が整った環境で育ち、常に「何をすればよいか」「どのようにすればうまくいくか」が明示される社会で生活してきました。そのため、抽象的な指示や「見て覚える」といった曖昧な育成方法では、行動の手がかりをつかめず、不安や戸惑いだけが積み重なってしまいます。現代の新人は、目の前の業務に対して「なぜこれをやるのか」「どうすればいいのか」を理解したうえで取り組むことを求める傾向があります。だからこそ「誰が・何を・どのように教えるか」といった、明確な教育プランや進捗管理、目的に基づく評価体制の整備が求められているのです。
先輩・上司の影響力とその落とし穴
新人が最も多く接するのは、直属の上司や先輩です。そのため、彼らがどのような姿勢で接し、どのような価値観で指導するかが、育成に大きな影響を与えます。
しかし、この「影響力の大きさ」こそが、育成のリスクを高めることにもつながりかねません。
たとえば、上司世代がこれまでの実務経験や成功体験に頼りすぎてしまい、新卒の価値観との間にギャップが生まれていることがあります。「自分のときはこうだった」と思ってしまうのも無理はありませんが、仕事に対する価値観やモチベーションの源泉、コミュニケーションのスタイルは、世代ごとに大きく異なります。
その結果、「昔はこれで育った」「自分はこうしてきたから」という思い込みが、無自覚の押し付けや強要につながってしまうケースも少なくありません。こうした行動は、指導している側にとっては善意でも、新人にとっては精神的な負担となり、信頼関係が築かれないまま時間だけが過ぎていくことになります。最悪の場合、こうしたすれ違いが早期離職や、ハラスメントのような問題に発展するリスクもはらんでいます。育成は「正しい答えを教えること」ではなく、「相手に合わせて伝え、引き出すこと」へと進化していく必要があります。
職場環境と企業文化がもたらす影響
教育制度が整っていたとしても、「育つ職場」と「育たない職場」には明確な違いがあります。その違いを生むのが、日々の職場の空気感や、企業文化としての人材育成の価値づけです。リーダーや育成担当者だけが育成に前向きでも、周囲のメンバーが関心を持っていなければ、連携が取れず育成が空回りしてしまうのです。
たとえば、挑戦を評価せず、失敗を責める風土がある職場では、新人は行動を控えるようになります。また、質問や相談がしにくい雰囲気、意見を出しにくい上下関係なども、学びの機会を大きく制限してしまいます。
こうした環境では、たとえ丁寧に研修を行っても、実際の職場でその学びを活かすことができず、育成効果が定着しません。さらに、心理的な安心感が得られないことで、新人は「失敗できない」「何も聞けない」と萎縮し、本来の力を発揮できなくなってしまいます。一方で、失敗も学びとして捉える文化や、対話がオープンに行われる職場では、新人が主体的に動く余地が生まれます。これは制度では作れない、日々のマネジメントや価値観の積み重ねから育つ文化です。
育成の成否は、実はこうした「目に見えない要素」が大きく関わっているのです。
新人自身の傾向とミスマッチ
「新人が育たない」と聞くと、新人側の努力不足を疑ってしまいがちですが、そうとは限りません。実際には、新人自身の特性や価値観が、企業側の育成スタイルと噛み合っていないことが根本的な要因となっているケースも多く見られます。
たとえば、近年のZ世代は、自分の成長やスキル習得に強い関心がある一方で、管理職になることにはあまり魅力を感じていないという調査結果が出ています。また、「まずやってみよう」ではなく、「なぜやるのか」「どんな意味があるのか」を納得してから動きたいという傾向も強くなっています。
こうした価値観に対して、「とりあえずやってみろ」「失敗して覚えろ」というアプローチは、かえって不信感や抵抗感を生みやすくなります。新人が望んでいるのは、「丁寧に教えられること」ではなく、自分の納得感や意義を理解したうえで、成長を実感できる環境なのです。
つまり、新人自身が変わったというよりも、新人に合わせた育成の設計や関わり方が、まだ変わりきれていないというのが本質です。
相手を変えるのではなく、育成側が“理解する姿勢”を持つことが、これからの育成には欠かせません。
また、それを支えるためには、企業が育成担当者や現場の上司に対して、適切なサポートを行う体制が必要です。たとえば、「どのようなスタンスで新人と関わるべきか」「Z世代の価値観とは何か」といった情報を伝えたり、コミュニケーションスキルやフィードバックスキルなどを研修や育成ガイドとして提供するなどの工夫が考えられます。
加えて、新人側に対しても、「自分がどのように学ぶ姿勢を持つべきか」「なぜこのような育成方針なのか」といった理解を深める機会が必要です。育てる側・育てられる側、双方の理解と歩み寄りを促す支援策を整えることが、育成の土台として求められています。新人育成は、現場の“個人のがんばり”に頼るものではなく、組織として設計し、継続的に支援する「仕組み」として成り立たせるべきフェーズに入っているのです。
新人育成に必要な“育てる力”とは?──育成担当者の役割
新人が組織の中で成長していくためには、育成の環境だけでなく、それを支える「人」の存在が欠かせません。とくに現場で新人と日々接する育成担当者や先輩社員は、新人にとって最も身近で影響力のある存在です。
では、育成担当者にはどのような力が求められるのでしょうか。業務スキルだけでなく、関わり方や伝え方、さらには心理的なサポート力まで含めた“育てる力”が、今大きく問われています。
ここでは、育成担当者に必要な4つの要素を解説します。
模範となる行動と信頼構築の姿勢
新人にとって、育成担当者は単なる“教える人”ではなく、「この人のようになりたい」と思える存在、つまりロールモデルです。口で何を教えるかよりも、日々の姿勢やふるまいこそが、最も強く新人に影響を与えます。
そのためにはまず、育成担当者自身が業務への高い理解やスキルを持ち、責任感をもって仕事に取り組む姿を見せることが大切です。そしてもう一つ重要なのが、信頼関係を築こうとする姿勢です。
新人は、自分をどう見てくれているか、関心を持ってくれているかを非常に敏感に感じ取ります。「挑戦している姿勢そのものを肯定してくれる」「わからないと言っても受け入れてくれる」という安心感は、挑戦や質問を促す原動力になります。また、信頼は“気さくに話しかける”だけでは築けません。一社会人として尊重する接し方や、短期的な成果ではなく成長を見守るスタンスがあるかどうかが、長期的な関係性を左右します。新人に寄り添い、誠実に関わる姿勢こそが、“育てる力”の土台になるのです。
効果的なフィードバックと1on1の技術
新人の育成において、フィードバックは欠かせない要素です。ただし、やみくもに「良かった」「ダメだった」と伝えるだけでは、逆効果になることもあります。重要なのは、伝える内容を「具体的に・目的を持って」行うことです。
たとえば、「もっとがんばって」ではなく、「この資料の構成は相手の視点がよく考えられていて良かった」など、どこが・なぜ良かったか/改善点なのかを明確に伝えることが、新人の理解や納得を助けます。
また、ポジティブな面もしっかりと伝えることが、自信の醸成につながります。特に成長過程では、「何ができてきたか」に目を向けてもらえると、新人は前向きに努力を続けやすくなります。こうしたフィードバックを効果的に行うには、定期的な1on1の実施が効果的です。1on1は評価や指導の場ではなく、相手の思考や不安を共有し合う“対話の場”として運用することが鍵です。一方的に話すのではなく、聞く力や共感の姿勢を持って向き合うことが、信頼関係の構築にもつながっていきます。
育成に必要な対話とコミュニケーションスキル
新人との関係性を築き、学びを深めてもらうためには、育成担当者自身のコミュニケーションスキルが欠かせません。単に教える・伝えるだけではなく、“相手の立場や状況に寄り添いながら、やりとりを重ねていく“対話の力”が今、より重要になってきています。
特に最近の新人は、何のためにその業務を行うのか、なぜその進め方なのかといった「背景」や「意味」を理解したうえで動きたいという傾向が強くあります。そのため、指示や助言を与える際には、理由や目的をセットで伝えることが効果的です。納得感があると、自発的な行動や学習意欲につながります。
また、日々の業務に関するコミュニケーションだけでなく、「最近どう?」「困っていることはない?」といった、雑談に近い対話の積み重ねも信頼関係づくりには非常に有効です。ときには、悩みや本音がこうしたカジュアルなやりとりの中でぽろっと出てくることもあります。話しやすい空気づくりは、関係構築において大きな意味を持ちます。
さらに、コミュニケーションは一方通行では成り立ちません。育成担当者の「伝える力」だけでなく、「聴く力」や「相手の意図を汲み取る力」も求められます。相手の言葉の背景にある気持ちや考えをくみ取ったうえで、必要に応じたサポートやアドバイスにつなげることが、信頼を深める鍵となります。
加えて、育成は1人の担当者だけで完結するものではありません。複数の先輩やチームメンバーとの関わりの中で成り立つものです。情報をチーム内で共有し、フォローし合う体制を整えることで、新人は「誰かに聞けばいい」「どこかに相談できる」と安心して行動できます。育成担当者が持つべきコミュニケーションスキルとは、単なる会話の技術ではありません。新人が安心して自分の考えを出せる関係性を築き、働くことの楽しさや意味を伝えていく力そのものなのです。
メンタルヘルスと心理的安全性の確保が育成の土台
新人育成の現場で見落とされがちなのが、メンタル面のサポートと心理的安全性の確保です。近年は、ストレスや不安から心身に不調をきたし、職場に適応できなくなるケースも増加しています。
新人は、組織の文化や人間関係、業務そのものなど、多くの新しいことに直面するなかで、常に緊張やプレッシャーを抱えています。ちょっとした言葉や対応が大きな不安に繋がることもあるため、周囲のケアは不可欠です。
心理的安全性とは、「ここでは自分の意見を言ってもいい」「失敗しても否定されない」といった、安心していられる状態を意味します。これは、何か特別な制度が必要というよりも、日々の関わりや言動の中で少しずつ醸成されるものです。
また、育成担当者自身が、メンタルヘルスに関する基本的な知識やサインの見分け方を知っておくことも重要です。必要に応じて、社内外のサポート窓口につなぐ役割を果たすことも含めて、「一人で抱え込まない」文化づくりが求められています。新人の育成は、単にスキルを身につけさせるだけでなく、人として安心して働きながら成長していくための土台を整えることでもあります。
そのためにも、心のケアも含めた“育成”の視点を持つことが、これからの時代には不可欠です。
仕組みとしての新人育成──計画と制度が成果を生む
新人育成を現場任せにしていた時代は終わり、いま企業には“仕組みとして”育成を設計・運用する視点が求められています。属人的な指導だけでは、育成の質や成果にバラつきが出てしまい、結果として早期離職や人材の戦力化遅れを招きかねません。
特に少子高齢化が進み、採用難が常態化する今、せっかく採用した人材が組織に定着し、活躍できるまで育てることが企業にとっての重要課題となっています。そのためには、計画的に育成を進める設計図と、それを支える制度の整備が必要不可欠です。
この章では、具体的な育成計画の立て方から制度の導入まで、仕組みとしての育成設計について解説します。
育成計画(短期・中期・長期)の立て方
新人育成を効果的に進めるためには、単に「がんばって覚えてもらう」のではなく、計画的に育成の目標とステップを設計することが重要です。その際に役立つのが、「短期・中期・長期」に分けた育成計画の考え方です。
まず短期目標では、1~3ヶ月程度のスパンで、日常業務に必要な基礎知識やビジネスマナー、ツールの使い方など、即効性が高く、達成感が得やすい目標を設定します。ここではとくに「できた」「覚えた」という実感が持てるような具体的なアクションが重要です。
中期目標では、3~12ヶ月を目安に、業務理解の深化や応用力の養成を目指します。単なる作業だけでなく、なぜそれをするのか、どう工夫すべきかを考える力を育てるフェーズです。ここではローテーション配属や小さなプロジェクト経験など、経験の幅を広げる設計が効果的です。
長期目標では、1〜3年先を見据えたキャリア形成を意識します。たとえば「チームの一員として自律的に業務を推進できる」「後輩指導を任されるようになる」など、役割や責任の広がりを明確に示すことで、新人のキャリア展望と成長意欲を支えることができます。
こうした段階的な計画があることで、育成は「いつか育つ」から「いつまでに何を育てるか」が明確になり、新人のモチベーション維持にもつながります。
進捗管理と評価の方法
育成計画を立てても、それが実際に機能しているかを定期的にチェックし、必要な軌道修正を行うことがとても重要です。そのために欠かせないのが、進捗管理と評価の仕組みです。
まず、進捗の確認は定期的に行いましょう。週次・月次での1on1や面談を通じて、今どこまでできているのか、どこに課題を感じているのかを可視化します。この際、「できていること」だけでなく「できるようになった過程」にも目を向けることで、評価に対する納得感を高めることができます。
評価を行う際には、明確な基準をあらかじめ設けておくことが重要です。「がんばっている」「期待している」といった抽象的な評価はかえって不安や不信を招く可能性があります。スキル・姿勢・行動などを複合的に捉えた評価項目を設け、定量評価と定性評価を組み合わせて実施しましょう。
また、進捗状況や評価内容をグラフや進捗表などで可視化すると、新人自身が自分の成長を確認しやすくなり、次の目標設定への意欲も高まります。「成長実感」を提供することが、育成の質を高めるカギとなります。
メンター制度やチーム育成の導入
新人育成を現場に定着させ、属人化を防ぐためには、個人任せの指導から“制度とチームで支える育成”への転換が求められています。その鍵となるのが、メンター制度やチームによる育成体制の導入です。
メンター制度は、年齢や経験の近い先輩社員が新人の成長をサポートする仕組みです。メンターは、業務の進め方だけでなく、職場の人間関係、考え方、悩みなどを気軽に相談できる存在として、新人の心理的な安心感や定着率の向上に大きく貢献します。定期的な1on1や面談を通じて、新人の変化に早く気づき、きめ細かいフォローができる点も大きな利点です。
一方で、育成を1人の担当者に任せきりにしてしまうと、対応力の差や負担の偏りが生まれる可能性があります。そこで重要になるのが、チーム全体で育てるという発想です。複数人で育成に関わることで、ひとりの先輩が忙しい時にも別のメンバーがフォローできるなど、柔軟で安定したサポート体制を構築することができます。
また、チームで新人に関わることは、多様な視点や経験を伝えることにもつながります。あるメンバーは業務の専門知識に強く、別のメンバーは対人関係の築き方が得意かもしれません。こうしたさまざまな関わりを通じて、新人は「この会社にはいろんなタイプの人がいて、自分もその中の一員になれる」と感じ、職場への安心感や帰属意識が高まります。
さらに、チームで育成する文化が根づくことで、育成そのものが個人スキルではなく組織の力として積み上がっていく点も大きな価値です。育成担当者同士での情報共有や、育成に関するノウハウの蓄積が進めば、特定の個人が異動しても育成体制が機能し続けるという、“再現性と継続性”のある育成環境が実現できます。
このように、メンター制度とチームによる育成体制は、新人の安心感と成長を支えるだけでなく、組織全体の育成力そのものを高める仕組みとして、今後ますます重要な役割を担っていくといえるでしょう。
個々の特性に合わせた育成プランの作り方
現代の新人育成では、一律のマニュアルや画一的な指導だけでは対応が難しくなっています。それぞれが持つ個性や経験、価値観に応じて、柔軟に育成方針を調整する“個別最適化”の視点がますます重要になってきました。
たとえば、ある新人は「早く実践で学びたい」タイプかもしれませんし、別の新人は「じっくり理解してから動きたい」タイプかもしれません。同じプログラムを与えても、理解の深まり方や吸収のスピードは大きく異なることがあります。
そのためにはまず、新人の強み・弱み・志向性を把握するための初期面談やスキルチェック、性格診断ツールなどを活用すると良いでしょう。それをもとに、「どのタイミングで何を任せるか」「どのような支援が必要か」といった具体的な育成設計を調整していきます。
さらに、育成担当者自身にも「新人は十人十色」という前提を共有することが大切です。一律ではなく、相手に合わせて教え方・関わり方を変える柔軟性が、信頼関係と成長を促すベースになります。
企業側も、育成プランを個別にアレンジできる仕組みやフォーマットを提供することで、現場での実践がしやすくなります。マスから個への育成の転換こそが、これからの人材育成のスタンダードになりつつあるのです。
育成がうまくいっていない職場の特徴とリスク
新人育成がうまく機能していない職場には、いくつかの共通した“サイン”があります。それらを見逃してしまうと、育成の質だけでなく、職場全体の活力や社員の定着にも深刻な影響を及ぼします。
「新人がなかなか育たない」「なぜか毎年、若手が辞めてしまう」といった課題の背景には、組織風土や制度の問題が潜んでいることが多くあります。ここでは、育成不全が起きている職場の特徴と、それによって引き起こされるリスクを明らかにしていきます。
離職率の高さに表れる育成不全のサイン
高い離職率は、育成がうまくいっていない職場に共通するわかりやすい兆候のひとつです。特に入社1年以内の離職が続いている場合は、職場環境や育成体制に構造的な課題がある可能性が高いといえます。
まず行うべきは、離職の「理由」の把握です。「人間関係が合わなかった」「成長実感が持てなかった」などの声をしっかり拾い、どこでつまずき、どんな支援が足りなかったのかを明確にすることが重要です。退職者アンケートや1on1、定期的なパルスサーベイなどを活用して、離職の背景を見える化しましょう。
次に、日頃からコミュニケーションの質と量を意識的に高めることも効果的です。新人が悩みや不安を感じたときに相談できる体制がなければ、小さな不安が積み重なり、退職へとつながりかねません。
また、フィードバックを定期的に行い、「今の状態で良いのか」「次に何をすべきか」が明確になれば、新人は安心して成長に集中できます。離職率の高さは、単なる“人が辞める問題”ではなく、育成そのものの質を問う警鐘でもあると認識する必要があります。
社員のモチベーション低下と育成放棄の連鎖
新人が育たない背景には、育てる側の社員のモチベーション低下が関係しているケースも少なくありません。特に、中堅〜ベテラン層の意欲が下がっていると、育成が形だけになり、新人は育つ環境を得られずに現場で孤立してしまうことがあります。
こうした事態を防ぐには、まず育成に関わる社員自身が、「なぜ育成が重要か」「自分のどんな成長につながるのか」を理解できることが前提となります。そのためには、目標設定や役割の意味づけを丁寧に行うことが大切です。単なる業務の延長としての育成ではなく、チームや会社全体に貢献する活動であると認識できれば、育成の質も自ずと上がっていきます。
また、成果をしっかりと認める文化も不可欠です。「新人が活躍したら育成担当者も評価される」という仕組みを整えることで、育成に対するモチベーションは飛躍的に高まります。キャリアパスの中に育成経験を明確に位置づけるのも一つの方法です。
モチベーションの低下が放置されると、「自分が育てられていないのだから育てる必要もない」というネガティブな連鎖が起き、育成が文化として機能しなくなるリスクがあります。これは新人だけでなく、組織全体の健全性に直結する問題です。
経営層が見落としがちな“育成担当者の孤立”
育成の現場では、新人と向き合うリーダーや育成担当者の負担と孤立が、見えにくい課題として存在しています。一生懸命に新人の面倒を見ていても、評価されにくい、サポートがない、相談相手がいない。そんな状況が続けば、いずれ担当者は燃え尽き、育成に消極的になるリスクがあります。
この孤立の背景には、「育成は現場がなんとかしてくれるもの」という暗黙の前提があります。しかし今は、職場の多忙さ、価値観の違い、対話スキルの難しさなど、育成には高い専門性と感情労働が求められる時代です。こうした負担を個人に任せきること自体が、育成が機能しなくなる要因となり得ます。
だからこそ、企業側は育成担当者への支援体制を整える必要があります。たとえば、1on1スキルやフィードバックに関する研修を通じて「育成する力」を身につける機会を提供したり、育成担当者同士が悩みや工夫を共有できるコミュニティを形成したりすることが考えられます。さらに、育成活動そのものを評価・表彰する制度を設けることで、担当者が育成に前向きに取り組める土壌を整えることができます。こうした取り組みを通じて、「育てる人を育てる」視点を実践していくことが求められます。
育成担当者が孤立せず、自分の役割に意味を感じられるようになれば、新人にもその温度感は伝わります。育てる人を支える仕組みこそが、育成文化の持続可能性を支える土台になるのです。
育成担当者を支える仕組みと研修の必要性
新人育成が機能している企業には共通点があります。それは、「育てる人」を支える体制が整っていることです。いくら育成制度が立派でも、実際に新人と向き合う現場の育成担当者が孤立していたり、十分な知識やスキルを持たないまま任されていたりすれば、制度は機能しません。
今、必要とされているのは、個人のがんばりに依存するのではなく、育成を“組織で支える”体制づくりです。育成担当者に対して、明確な役割認識・必要なスキルの提供・心理的サポートの仕組みが整っていることこそが、新人の成長に直結するのです。
育成担当者が抱えるリアルな課題
育成担当者は、「通常業務」と「育成業務」の二重の責任を担っています。業務の合間を縫って新人の様子を見たり、質問に答えたり、時には精神的なフォローも求められるなど、実は非常に多忙かつ繊細な役割です。
にもかかわらず、「育成は現場でなんとかしてほしい」「ベテランだから教えられるはず」と、十分な支援がないまま任されるケースが少なくありません。その結果、「自分のやり方で合っているのか分からない」「誰にも相談できない」「評価もされない」と、育成担当者自身が孤立感や無力感を抱えていることが多いのが現実です。
さらに、新人側の価値観や働き方の変化も影響しています。かつてのような“背中を見て覚える”という文化は、現代の若手には通用しにくくなっています。対話を通じて信頼を築き、納得感を持って学べる環境が求められている今、育成の難易度は確実に上がっているのです。だからこそ、企業は育成担当者を「任せきり」にせず、研修・情報共有・評価・心理的サポートの4つの側面から支援する仕組みを整えていく必要があります。
育成力を高めるための実践的な研修とは
現場での育成力を本当に高めるには、一般的なマネジメント研修とは異なる、「育てる」ことに特化した実践的なプログラムが必要です。特に効果が高いのは、ロールプレイやケーススタディなど体験型の研修です。
たとえば、次のような内容が組み込まれると、現場ですぐに役立つ学びが得られます。
- 新人との信頼関係を築くコミュニケーションのポイント
- 指導が“指示”にならないための伝え方
- フィードバックの「順番・言い方・タイミング」の具体例
- モチベーションが下がっているときの対応法
また、新人のZ世代的な特性(変化への柔軟さ、指示より納得を重視、自分の価値観を大切にする)を理解し、世代間のすれ違いを防ぐスキルや姿勢も学ぶことが大切です。そして忘れてはならないのが、研修は「一度きり」で終わらせないこと。育成スキルも他の業務と同様にアップデートが必要です。継続的なフォローアップ研修や、育成担当者同士の情報交換の場を設けることで、孤立を防ぎ、現場の知恵が蓄積されていきます。
企業全体で取り組む“育成文化”づくり
育成を根づかせるには、企業全体で「人を育てること」を戦略的にとらえ、文化として育成を位置づけることが重要です。
たとえば、経営層が「人材育成が事業成長のカギである」と明言する。ミドルマネジメント層が、部下に育成の時間と裁量を与える。人事部門が育成担当者に定期的にヒアリングし、育成状況を把握する。こうした全社的な連携と支援の姿勢が、現場での育成活動を後押しします。
また、育成を評価する制度を整えることも、文化醸成に効果的です。新人が成長したこと、信頼関係を築いたこと、挑戦を促したことなどを「成果」として評価する。こうした評価が制度化されていれば、育成担当者も安心して取り組むことができます。
さらに、新人側にも「受け身ではなく、自ら学ぶ姿勢」を育む支援が必要です。育成担当者への負担を軽減する意味でも、「育成される側のスタンス教育」も、これからの育成文化には欠かせません。最終的に目指すべきは、「人を育てることは“誰かの仕事”ではなく、“みんなの仕事”である」という価値観が自然と根づく組織です。そうした文化がある企業こそ、新人も育ち、育成担当者も報われる、持続可能な人材育成の土壌を持つ企業であるといえるでしょう。
育成を支える“教える側”の成長──育成担当者研修の効果とは
ここまで、新人を育てるためには制度やノウハウの整備だけでなく、企業として育成の風土や仕組みを全体設計することが重要であることをお伝えしてきました。仕組みだけを整えても、現場で新人に日々関わる一人ひとりの育成担当者が、どのようなスタンスで向き合うかによって、その成果には大きな差が生まれます。
そのため、制度の整備と並行して、育成担当者自身の成長を支援する取り組みも必要不可欠です。企業全体の方針や文化に基づき、現場での関わり方や育成のスタンスを育成担当者間で揃えていくことは、育成の質を底上げする大きな鍵となります。この章では、そうした背景を踏まえて実際に行われた「育成担当者向け研修」の事例をご紹介します。現場での関わり方やスタンスに変化が生まれ、育成担当者自身の不安が前向きな意欲へと変わっていった様子を、リアルな声とともにお伝えします。
相手に合わせた関わり方が変化を生む──性格診断を活用した関係構築
ある企業で実施された「性格診断を活用した研修」では、育成担当者自身と新人の性格傾向を可視化し、個々の特性に応じた関わり方を考える機会が提供されました。
当初、受講者の多くは「新人が辞めないか不安」「自分に教える力があるのか」といった戸惑いやプレッシャーを抱えていましたが、研修を通じて、関係性の築き方や指導スタンスを具体的にイメージできるようになったのです。
受講後の声には、

「新入社員と性格の相性が良さそうだったので、うまくやっていけそう」
「消極的な面がありそうなので、フォローしながら関わりたい」
「真逆の性格かもしれないけど、話し合いながら共に成長していきたい」
といった前向きなコメントが多く見られました。このように、新人の特性を理解し、それに応じて関わろうとする姿勢が生まれることで、育成担当者自身の不安も軽減され、関係構築の質が向上しています。結果として、新人の安心感や信頼感にもつながり、育成全体の効果を高める要因となっているのです。
感覚から論理へ──関わり方を再構築するコミュニケーション研修
別の企業では、「育成担当者に必要なスタンスとスキルを体系的に学ぶ」ことを目的としたコミュニケーション研修を導入しました。育成に必要な役割意識や心理的安全性の理解、実践的なフィードバック技術などをワークやシミュレーションを通じて習得するプログラムです。
参加者からは、

「感覚でやっていた育成を、理論的に捉え直す機会になった」
「心理的安全性の重要性を再認識し、関わり方を見直すきっかけになった」
「育成担当者同士で指導の考え方が揃ったことで、現場対応がぶれにくくなった」
といった実感の声が多数寄せられました。これらの変化からは、個人のスキル向上だけでなく、チーム内での育成に対する認識の統一が進んだことが分かります。育成に向き合う土壌そのものが整い、育成担当者間の連携や共通言語が生まれることで、より安定した育成環境が構築されているのです。
育成担当者研修がもたらす職場全体への波及効果
育成担当者向け研修の導入は、新人の成長を支えるだけでなく、「教える側が育つ仕組み」として組織全体の育成力を底上げするきっかけとなります。
研修を通じて育成担当者が自分の関わり方を見直し、相手に合わせた指導を自分ごととして考えるようになることで、職場全体のコミュニケーションや協力体制にも好影響が波及します。
特に、不安や迷いを抱えながら育成にあたっていた中堅層が、自信と前向きな意識を持てるようになることは、新人にとっても、職場にとっても大きなメリットです。単に新人の離職を防ぐための手段としてではなく、育成文化を支える柱として育成担当者研修を活用することは、持続的な組織成長の土台にもなり得ます。
まとめ
新人が育つ職場とは、単に制度が整っているだけでなく、関わる人々のリーダーシップやスタンスが揃っている職場です。特定の担当者に育成を任せきりにせず、会社全体で育成を管理し、支援する体制を築くことが求められています。
また、新人にとって「何を期待されているのか」「どんなルールの中で動けばよいのか」が明確であることも、早期の立ち上がりには不可欠です。そこには、育成担当者が自らの関わり方を問い直し、自信を持って支援できるようになるための説明や研修の機会も重要です。
育成の時期によって必要な支援が変化することを知らずに、画一的なやり方で対応しようとするのは避けるべきです。
そのためには、企業ごとに状況に応じた育成戦略を立てることが重要です。新人育成は、未来の戦力を育てるだけでなく、組織全体の文化や価値観を体現するプロセスでもあります。この視点に基づく改善や工夫がなされることで、育成の質は確実に高まり、結果として企業のビジネス成果にもつながっていくはずです。
若手も管理職も、成長を実感できる研修を


「何年も同じ研修を繰り返しているけど効果が出ているのかな?」
「研修後の振り返りがないから、学びが定着しない気がして…」
「OJTをやって終わりだけど、それだけで成長を促すのは難しい」
若手や管理職の育成は、どの企業にとっても大きなテーマです。「新人がなかなか定着しない」「OJTだけでは限界を感じる」など、同じようなお悩みを抱える企業も少なくありません。
アクシアエージェンシーの研修サービスは、そうした声に寄り添いながら、現場で本当に役立つ力を育てることを大切にしています。
アクシアエージェンシーの人材育成・研修サービスの特徴
- 一度きりで終わらない研修設計で、学びを定着させる仕組みを提供
- 動画やフォローアップで、現場での行動変化まで伴走
- 採用支援から育成・定着まで一気通貫で見える人材課題を解決
- 法人営業や人事経験を持つ講師が担当し、現場に即した実践的な学びを提供
研修の形は企業ごとにさまざまです。まずは貴社の状況や課題をお聞かせください。最適な研修プランを一緒に考えていきます。お気軽にご相談ください。
監修者情報

ビジネスソリューションユニット 研修開発グループ責任者
中島 昌宏
1999年株式会社アクシアエージェンシー入社。株式会社リクルートの専属パートナー営業として、HRメディア(新卒・中途採用)を中心に営業および管理職として営業・採用・部下育成などに23年間従事。2022年に研修開発部を立ち上げ、現在は社内及びお客様の研修講師と企画立案に従事。高校時代は野球部に所属し甲子園出場、大学時代には教員免許取得、その後プロゴルファーを目指し研修生を経験。